子どもは産んでいませんが。

結婚後20年、子なし、今後も子なし決定。子どもを産まなかった自分を憎まずに生きるのは難しいと思う今日この頃。

ドラえもんの暗記ぱんの裏技。

ドラえもんを見た方であれば、「暗記パン」は、おそらく「どこでもドア」や「タケコプター」と並んで『あったらいいなトップ10』にランクインするひみつグッズではないでしょうか。

 

アニメでは、のび太くんは試験前にアンキパンを食べすぎてお腹を壊してしまい、食べて覚えたはずのものを全部忘れてしまった、という話だったような気がします。

 

ここから先は、お食事中の方にはちょっぴりきつい話になりますのでどうぞご注意ください。

 

暗記パンを食べすぎる→お腹をこわす→パンが体内からでる→忘れる、というプロセスが成立するなら、忘れたいものを忘れるために暗記パンをあえて食べ過ぎるという裏技もありですよね。

 

たとえば。

妻とは必ず別れるからといって逢瀬を重ねた上司から妻にバレたから別れてくれと土下座されたというお約束の出来事も、上司と不倫した、上司と不倫した、上司と不倫した、とひたすら暗記パン3斤分に書いてばくばくやけ食いする。お腹を壊したら、不倫した事実だけつるりと忘れることができるんじゃないだろうか。

 

あるいは。

あまりにも会社の中で内気すぎる自分に嫌気がさして、お前は皮をはがされた因幡の白兎か!一生そうやって会社の中でぷるぷるふるえていろ!!と自分の傷に岩塩をごりごりすり込みたくなった会社帰りの夜。暗記パンをエコバッグから取り出して、写経のように内気な自分は嫌だ、内気な自分はいらない、内気な自分よ飛んでいけーなどと書き連ねて5斤分涙を流しながらたべてトイレに駆け込み、トイレから出てきたときはお腹も心もスッキリ〜。

という使い方もありかも。

大人になると、こっちの使い方の方が需要が多いような気がしませんか?

 

忘れるといえば、先日ネイルサロンで施術中に「リメンバーミー」という映画をDVDでみました。ずっとみたかった映画で、期待通りの面白さだったのですが、途中ハッとしました。ネタバレを含みますのでまだ観ていない方はご注意ください。身近な方を最近亡くされた方もセンシティブな内容を含みますのでご注意ください。

 

映画のワンシーンで、『生者の国で忘れられ、誰の記憶からも消えてしまうと死者の国からも消滅してしまう「二度目の死」がある』という概念が語られていました。死んだ先祖は死者の国で楽しく和気藹々と暮らしているのですが、死者の日には先祖が家族に会いに行くことができるのです。ただし、生きている家族が死んだ先祖を覚えていて、祭壇にその先祖の写真を飾った場合に限り。つまり、家族から忘れられ、祭壇に写真を飾ってもらえない先祖は、死者の日に家族に会いに行けず、みんなが家族に会いにいっている間、死者の国に止まらなければならないのです。

 

ということは、子のいない私と夫は死んだ後、家族に会いに行けないの?

あ、そもそも家族は夫と私と猫だった。祭壇に写真をずっと飾り続ける家族がいない。

ここでちょっとしんみりしたわけですが、誰の記憶に残ろうと残るまいと、わたし毎日必死です。無骨でかっこ悪くていつも何かしら不安ですけど、諦めずに生きています。それだけは閻魔様に胸を張って申告できます。わたしはわたしで生きて誰の記憶にも残らずふっと死んでいく、それでいい。

そんなことを考えているうちにネイルが終わり、ツルツルの爪を何度となく眺めながら家族の待つ家に帰ったのでした。

夫と猫だけの家ですけど。