子どもは産んでいませんが。

結婚後20年、子なし、今後も子なし決定。子どもを産まなかった自分を憎まずに生きるのは難しいと思う今日この頃。

さくらんぼ色の指先

家の近所に小さなクリーニング店がある。

この家に住み始めて20年経つが、おそらくそのずっと前からそこに存在していると思う。そのクリーニング店に行くといつもおばちゃんが、はいはいーと言いながら、プレスやらクリーニング済みの洋服を袋詰めしている作業部屋から出てきて対応してくれる。当時60代だったのではないかと思う。見た目の年齢の割には背中がずいぶん辛そうに曲がっていて、指先も第一関節からすこし曲がっていたので、病気を患っているのかなと思っていた。指先の鮮やかなネイルと、いつもきちんとお化粧をしてお客さんに対応していたのが印象的だった。

 

最初の頃は頻繁に通っていた。

ある時、特急仕上げで依頼したクリーニングを、仕事の都合で数ヶ月引き取りに行けなかったことがあった。早く引き取りに来てもらわないとこっちも保管に困りますからね、と当然ながらちくっと言われた。またある時は、久しぶりにお店に来た私がぶくーっと膨れていたので、あらずいぶん太った?と直球勝負をしかけられたこともあった。他にも細々としたことがあり、こちらの精神状態によっては、よけきれないことが増えていったので、いちいち面倒だなと思うようになった。今よりもずっとナイーブで太っちょで若輩者の私だった。

 

そんなこんなで、他のクリーニング店に通ったり、宅配サービスのクリーニング店を利用するなどして、おばちゃんのクリーニング店から足が遠のくようになった。スーツ必須の会社から、ビジネスカジュアルOK、または何でもオッケーな会社へと渡り歩いていたこともあり、クリーニングが不要になったこともその理由だった。

 

客が心変わりしても、おばちゃんはずっとそのクリーニング店の第一線で活躍していた。お店の前を通った時にちらっと見ると、いつも忙しそうにレジを打ったり、預かった洋服にタグを付けたりしていた。

 

先日、数年ぶりに冬物のコートをおばちゃんのお店に持って行ったのだけれど、おばちゃんは、かさっと乾いた印象になっていた。前と同じようにきちんとお化粧をして爪もお手入れされていたけれど、体全体をおおう跳ね返るようなぷるんとした活力がだいぶ減ったような気がした。背中も一段と曲がって、だいぶ小さなおばあちゃんになっていた。それ以来、おばちゃんが気になって通るたびにお店をちらっと見るが、おばちゃんを見かけることはなくなった。夏だし、忙しいのかな、そう思いつつもなんとなく不安だった。ある時、お店の前を通りかかると、営業時間が朝9時から10時に変更になり、年中無休だったお店が週一でお店を閉めるようになった。おばちゃんの具合が悪いんだとすぐに思った。毎朝6時30分頃にはお店に出勤していて、準備をしているのを知っていたから。今週末こそお店に行っておばちゃんが無事かどうか確かめてみよう。ずいぶんしっかりマニキュアを塗っているなぁといつも赤い指先を見ながら思っていたけれど、いまも指先はさくらんぼ色に染まっているだろうか。

気になる。